TOP労務コラム運送業の時間外労働上限規制とは?社労士が導入の経緯や注意点などを解説【2024年重要トピック】

運送業の時間外労働上限規制とは?社労士が導入の経緯や注意点などを解説【2024年重要トピック】

佐々木 光成
2024.03.29

社会保険労務士の佐々木 光成(株式会社KiteRa)です。

運送業界にも、2024年4月から労働時間上限規制が適用されます。36協定の届出などの準備は万全かと思いますが、不安な気持ちを抱えている人事労務担当者もいらっしゃると思います。本記事では、時間外労働上限規制の改正内容だけでなく、改善基準告示の改正内容についても、解説します。

時間外労働上限規制とは

2019(平成31年)4月1日に改正労働基準法が施行(中小企業は2020年(令和2年)4月1日施行)され、時間外労働の上限規制とその違反に対する罰則が定められました。改正前と改正後の時間外労働規制は以下のようになっています。

※上図は厚生労働省「時間外労働の上限規制」を参考に、キテラボ編集部で作成。

改正前

法律上、残業時間の上限はありませんでした。(厚生労働大臣の告示による基準が定められていたのみで、罰則付きの上限規制がなく、行政指導による対応のみ)

改正後

今回の改正により、時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間となりました。臨時的な特別の事情があり労働者と使用者が合意する場合であったとしても以下の条件を満たす必要があります。

  • 時間外労働が年720時間以内
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計が2~6か月平均で80時間以内
  • 時間外労働が月に45時間を超えるのは年6か月まで

原則として、以上のように改正されましたが、以下の事業・業種は長時間労働に業務の特性や取引慣行の課題があることから時間外労働の上限について適用が5年間猶予されておりました。

[適用猶予事業・業務]
・工作物の建設の事業
・自動車運転の業務
・医業に従事する医師
・鹿児島県及び沖縄県における砂糖を製造する事業

この5年の猶予措置が2024年3月末で終了し、それぞれの事業・業種に応じた上限規制が適用されます。運送業の上限規制の適用関係は次のようになっています。

(出典引用)厚生労働省 時間外労働の上限規制 わかりやすい解説。紫枠部分はキテラボ編集部が加工。

自動車運転の業務については、上記のとおり変更されます。なお、この変更に伴い、時間外・休日労働を行うための協定届(36協定届)の様式も変更になります。

運送業における上限規制と36協定届の様式

(Ⅰ)2024年(令和6年)3月末までの36協定届

1週40時間、1日8時間を超える時間外労働を行う場合、時間外労働及び休日労働に関する協定を締結し、「36協定届」を労働基準監督署に届け出る必要があります。この36協定届は、「様式第9号(一般条項)」、または「様式第9号の2(特別条項)」を使用します。「様式第9号の2(特別条項)」は、臨時的な特別の事情があり1か月45時間、1年360時間を超えて時間外労働を行わせる必要がある場合に使用します。

運送業においては、上限規制の適用が猶予されている2024年(令和6年)3月末までは、「様式第9号の4」を使用することとなっています。

様式第9号の4

様式第9号の4は、上限規制が適用されない仕組みを反映し1か月の時間外労働に関して「100時間未満に限る」という文言や、1年間の時間外労働に関して「720時間未満に限る」という文言は記載されていません。こちらの様式は2024年(令和6年)3月末までしか使用することができず、2024年(令和6年)4月1日以降は新しい様式を使用し届け出る必要があります。

(Ⅱ)2024年(令和6年)4月以降の36協定届

2024年(令和6年)4月以降、自動車運転の業務に従事する労働者について36協定を締結し、36協定届を届け出ようとする場合、様式9号の3の4(一般条項)又は様式9号の3の5(特別条項)を使用することになります。どちらの様式を使用するかは個々の事業所によりますが、1か月45時間、1年360時間を超えて時間外労働を行おうとする場合は様式9号の3の5(特別条項)を使用することになります。

①様式第9号3の4(一般条項)

※紫枠部分はキテラボ編集部が加工。

こちらは様式第9号とほぼ同様の内容ではありますが、自動車の運転業務に従事する労働者は、「時間外労働及び休日労働を合算した時間数は1か月について100時間未満でなければならない」というルールの適用が除外されているので、その点はしっかり把握しておく必要があります。

②様式9号の3の5(特別条項)

※紫枠部分はキテラボ編集部が加工。

こちらは通常の様式第9号の2と違う部分が多いので注意が必要です。

(1)「臨時的に限度時間を超えて労働させることができる場合」の従事する業務による違いについて

こちらは通常の様式9号の2(特別条項)と違い、自動車の運転の業務に従事する労働者とそれ以外の労働者で分けて記載する必要があります。

(2)1か月について延長することが出来る時間外労働及び休日労働の時間数

自動車の運転の業務に従事する労働者については、100時間未満に限られるというルールが適用されません。そのため、1か月の労働時間数だけ見ると2024年(令和6年)4月以降もそれほど変わらないという事になります。

(3)1年について延長することが出来る時間外労働時間数

通常の労働者の場合、上限規制は720時間に設定されておりますが、自動車の運転の業務に従事する労働者については、960時間と長めに設定されております。これは80時間の時間外労働を12か月行うことができる程度の時間数となっています。

(4)1か月100時間未満かつ2から6か月を平均して80時間以下の適用

様式9号の3の4でも説明しましたが、自動車運転の業務に従事する労働者にはこの定めは適用されません。そのため、(3)で説明したように、毎月80時間の時間外労働も理論上可能という仕組みになっております。ここまで見てきたように、自動車運転の業務に従事する労働者については、上限規制がかけられたと言っても、他の労働者と比較すると大きな余裕が与えられています。

しかし、運送業については労働基準法上の時間外・休日労働に関する規制だけを守っていれば良いというわけにはいかず、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(以下、「改善基準告示」という。)についても遵守する必要があるため、注意が必要です。改善基準告示についても2024年(令和6年)4月から新しい基準で運用する必要があるため、こちらも改正内容について確認していきます。

改善基準告示に関する改正

改善基準告示は、トラック運転手などの自動車運転者について、長時間労働の実態があることを踏まえ、その労働時間等の労働条件の向上を図るため、労働基準法に基づく労働時間規制とは別に設けられたルールです。

改善基準告示が適用されるトラック運転者は貨物自動車運送業(荷主から運賃などを収受する輸送業務)に従事する自動車運転者に限られず、貨物自動車運送業以外の事業に従事する自動車運転者であって、主として人以外を輸送することを目的とする自動車の運転の業務に従事するもの(※)を含みます。

※ タクシーやバスの業務に従事する労働者についても改善基準告示の適用がありますが、本記事ではトラックの運転手に限定して解説しております

改善基準告示では、トラック運転者の業務の特性にあわせて「拘束時間」、「休息期間」等の基準を定めています。これらの概要は下の図のようになっています。

図1 拘束時間、休息期間について

(出典引用)厚生労働省 トラック運転者の労働時間等の改善基準のポイント

ここからは「拘束時間」、「休息期間」、「運転時間」について詳しく見ていきます。

①1年及び1か月の拘束時間

拘束時間は1か月284時間、1年3300時間以内が原則です。ただし、労使協定を締結すれば、1年のうち6回までは、1年の総拘束時間が3400時間を超えない範囲内において、1か月の拘束時間を310時間まで延長することができます。この場合であっても1か月の拘束時間が284時間を超える月が連続3か月以下となるようにしなければなりません。なお、1か月の時間外労働及び休日労働の合計時間数が100時間未満となるよう努めるものとされています。

1か月、1年の拘束時間について、旧改善基準告示との比較は以下の通りです。

②1日の拘束時間

1日の拘束時間は13時間以下である必要がありますが、それを延長する場合であっても15時間以下でなければなりません。ただし、貨物自動車運行事業に従事するトラック運転者に係る1週間における運行が全て長距離貨物運送であり、一の運行における休息期間がそのトラック運転者の住所地以外の場所におけるものである場合は、その1週間について、2回に限り、最大拘束時間を16時間まで延長することができます。なお、拘束時間を延長するとしても1日の拘束時間が14時間を超える回数を出来るだけ少なくするよう努めなければなりません。

1日の拘束時間について、旧改善基準告示との比較は以下の通りです。

③休息期間

休息期間は継続9時間を下回ってはならず、継続11時間以上となるよう努めなければなりません。ただし、②の但し書きの長距離貨物運送の場合は1週間に2回に限り継続8時間とすることも可能です。この場合、一の運行終了後、継続12時間の休息期間を与える必要があります。1日の休息期間について、旧改善基準告示との比較は以下のとおりです。

ここまでの変更内容をまとめると以下のようになります。

(出典引用)厚生労働省 自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト

④運転時間

運転時間は2日を平均して1日あたり9時間、2週間を平均して1週間あたり44時間以内でなければなりません。このルールについては改正されていないため、2024年(令和6年)3月までの改善基準告示と同様です。なお、連続運転時間は4時間以内である必要があります。高速道路等のSAやPAなどに駐停車出来ない場合は4時間30分まで延長することが可能です。

⑤予期し得ない事象への対応

今回の改正で新たに「予期し得ない事象」への対応について定められました。拘束時間や運転時間の適用にあたって、トラック運転者側では回避不能な事態に遭遇した場合、その事象への対応時間を1日の拘束時間などから除外することができるという定めです。

次のようなものが予期し得ない事象に該当すると「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準の一部改正による改正後の解釈等について」に示されています。

  • 運転中に乗務している車両が予期せず故障した
  • 運転中に予期せず乗船予定のフェリーが欠航した
  • 運転中に災害や事故の発生に伴い、道路が封鎖されたこと又は道路が渋滞したこと
  • 異常気象(警報発表時)に遭遇し、運転中に正常な運行が困難となったこと

なお、予期し得ない事象への対応については運転日誌上の記録だけでは足りず、その客観的な記録が必要とされています。

⑥拘束時間についての労使協定

前述した通り拘束時間については労使協定を締結すれば延長することが可能となっています。

1か月及び1年の拘束時間の延長に関する協定書(例)

(出典引用)厚生労働省 トラック運転者の労働時間等の改善基準のポイント

拘束時間を延長する必要がある場合は36協定とあわせて拘束時間の延長に関する協定を適切に締結しておく必要があります。

これからの運送業

ここまで見てきた通り、2024年(令和6年)4月以降、自動車の運転業務に従事する労働者にも上限規制が適用されることになりますが、通常の労働者と比べると若干緩い規制になっております。

荷物の輸送・配送は予測不可能な要素が多く、緊急性など時間的な制約が強いという事情や、交通状況・天候・配送先などの多くの外部要因に左右され労働時間が長くなりがちであるという運送業特有の事情はやむを得ない部分も多いと言われますが、1か月80時間を超えるような時間外・休日労働は脳疾患や心疾患または精神障害などを引き起こす可能性が高いと言われています。会社は、自動車運転の業務に従事する労働者についても、可能な限り過度な時間外労働は行わせないよう努める必要があります。

また、改善基準告示も改正され、拘束時間や休息期間について以前よりも細かく厳しいルールが適用されることになります。改善基準告示は法律ではないため、違反した場合の罰則の適用はありませんが、国土交通省の行政処分の対象となる可能性があります。行政処分の内容は以下のようになっています。

(出典引用)国土交通省 自動車運送事業者に対する行政処分等の基準を改正しました

違反した場合に車両の使用制限だけではなく、事業停止もあり得る厳しい内容となっていますので、改善基準告示についても遵守する必要があります。

まとめ

2024年4月直前まで、新ルールへの準備で大忙しだったと思います。人事担当者としては一息つきたいところですが、今後も社内への周知や、勤怠管理のチェックなどが大切になります。

さらに、2024年は6月に定額減税、10月に社会保険の適用拡大などを控えている事業所もあるでしょう。日常業務をこなしつつ、新ルールへの対応は大変なことだと思いますが、対応漏れがないよう気をつける必要があります。キテラボからも皆さまのお役に立つような情報を発信していきますので、ぜひご活用ください。

(関連記事)【2024年重要トピック】法改正やルール変更のまとめ!人事労務担当者向け

この記事を書いた人

佐々木 光成
社会保険労務士

株式会社KiteRa エキスパートグループの社会保険労務士。

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