M&Aにおける規程管理・労働条件管理 Q&A 7選
この記事でわかること
- M&Aの手法ごとに異なる、労働契約・人事規程の引き継ぎ方の基本
- 人事規程等を統合する際の具体的な進め方と実務上の注意点
- 労働条件の不利益変更における同意取得・説明の重要ポイント
TMI総合法律事務所の弁護士、池田 絹助・木山 健太朗です。
組織再編等のM&Aにおいては、クロージング後のPMIによる経営体制や組織構造の変更に伴い、複数の就業規則や社内規程をどのように整理・統合するかが重要なテーマとなります。クロージング後において、労働者の処遇や労働条件に関わるルールの整合性を保たなければ、混乱や法的リスクを招くおそれがあります。この記事では、組織再編等のM&Aにおける規程管理や労働条件管理の実務上の疑問をQ&A形式で解説します。
Q1. M&Aにおいて労働契約や就業規則等の人事規程はどのように引き継がれますか?
A: M&Aの手法としては、合併(吸収合併・新設合併)、会社分割(吸収分割・新設分割)、株式取得(株式交換、株式移転、株式交付、株式の売買)、事業譲渡等が挙げられます。
合併の場合、消滅会社と労働者との間の労働契約は、個々の労働者の個別の同意を要することなく、労働条件が変更されないまま、存続会社に承継されます。また、会社分割の場合も、分割の対象となる労働契約は、吸収分割契約や新設分割計画に従い、承継会社・新設会社に承継されるのが原則です。
そのため、合併や会社分割の実行後は、基本的には、当事者となった会社のそれぞれ異なる就業規則等の人事規程や人事制度(以下総称して「人事規程等」といいます。)が併存することになります。一つの会社の複数の労働条件が併存することは、労務管理上好ましい状況ではありませんので、これらのケースでは、人事規程等の統一を検討する必要があります。
事業譲渡の場合、譲渡対象となる、譲渡会社と労働者との間の労働契約の契約上の地位を譲受会社に承継させるためには、個々の労働者の個別の同意が必要です。契約上の地位の承継の場合には、譲渡会社と労働者との間の労働契約は、そのまま譲受会社に引き継がれることになります。他方で、譲渡会社を一度退職し、譲受会社において新規雇用されるという方法による場合には、譲受会社に新たに雇用されることになりますので、譲渡会社との労働契約が譲受会社に引き継がれるということはありません。
また、株式取得(株式交換、株式移転、株式交付、株式の売買)の場合は、対象となる会社の資本関係に影響を与えるだけであり、労働契約の承継という事態が生じないため、株式取得が実行された後も、人事規程等、労働者の労働契約や労働契約上の地位等は何ら変更されません。
Q2. M&Aの過程において、いつから人事規程等の統合を検討すべきですか?
A: 案件によって異なりますが、後記Q3・Q4のとおり、人事規程等の統一には、一定の手間・時間がかかることが想定されることから、クロージング直後から人事規程等の統一を図りたい場合には、早めに検討を開始することが適切です。
なお、特に同業他社がM&Aの当事者となる場合には、独占禁止法のガン・ジャンピング規制に留意する必要があります。詳細は割愛しますが、人事に関する情報も、その内容によっては、いわゆる競争機微情報と評価される場合もあるため、独占禁止法のガン・ジャンピング規制にも留意した体制で検討を進める必要があります。
※「M&Aの基礎知識」については、下記の資料をご参考ください。
M&Aの基礎知識
この資料でわかること M&Aの基礎知識(目的・取引形態・背景) M&Aに関わる関係者や必要書類 M&Aの全体プロセスと実務の流れ 戦略立案から経営統合までの基本手続き な
Q3. 人事規程等の統合の具体的なプロセス(手順)を教えてください。
A: まず、デューデリジェンス(DD)で両社の人事規程等を照らし合わせて、人事制度の違いを分析し、具体的な労働条件の差異や問題点を可視化します。
例えば、所定労働時間、給与水準、手当、休暇等の各労働条件の違いを把握し、統一した場合の具体的な影響(人件費増加等)が検討されることになります。これらの検討を踏まえて、どのような人事規程等を採用するか、人事規程等の統一の進め方(労働者への説明会の実施、個別合意の取得のプロセス、労働条件の不利益変更への対応、経過措置等)等を含めた移行方法を両社で協議し、移行計画を策定した上で、実行していく必要があります。
具体的なプロセスは以下のとおりです。
(1) デューデリジェンス(DD):M&Aの検討段階で、デューデリジェンス(DD)を実施しますが、その段階で、両社の人事規程等について、相違点等の分析を行います。これにより、基本給、手当、労働時間、休暇等の各労働条件の差異を明らかにした上で、人事規程等を統一する際の課題・コスト・リスクを洗い出します。
(2) 移行計画の策定:デューデリジェンス(DD)による分析結果をもとに、どのような内容の人事規程等の内容となるのか(当事者のいずれの人事規程等に合わせるのか、それとも新しい人事規程等を策定するのか等)を検討します。人事規程等の統合に伴い、労働条件の不利益変更が生じる場合には、不利益の内容と程度を確認し、必要な激変緩和措置等(調整給、段階的移行、経過措置等)の有無・内容を当事者間で協議します。
さらに、人事規程等の統合スケジュール、後述の労働者への説明内容・説明方法・説明のスケジュール、合意の取得方法等、プロセスの詳細も検討する必要があります。
(3) 労働者への説明・同意の取得:移行計画が定まった段階で、人事規程等の統合に伴う労働条件の変更点について、労働者への説明会、文書での通知、個別面談等を通じて説明します。人事規程等の統合にあたり、労働条件の不利益変更が認められる場合には、原則として労働者からの個別合意が必要であり、就業規則の変更により労働条件を変更する場合には、後述のQ4のとおり、「不利益変更」が認められる要件を満たすべく、労働者の個別合意の取得、過半数組合又は過半数代表者との協議等を実施します。労働者の理解と納得を得ることが、統合後の混乱や離職リスクを最小化する鍵となります。
(4) 新しい就業規則等の作成と届出:人事規程等の変更に合わせて就業規則等を改訂・周知します。常時10名以上の労働者を使用する事業場においては、就業規則の作成・変更にあたり、過半数組合又は過半数組合がない場合は過半数代表者からの意見聴取(労働基準法90条1項)、所轄労働基準監督署への届出(同法89条、90条2項)を行うことも必要です。
(5) 統合後の人事規程等の運用フォロー:新しい人事規程等に従い新たな運用を開始します。ここでは、引き続き、労働者向け説明会やQ&A窓口の設置、個別面談等で制度理解を促します。
Q4. 被買収企業(B社)の就業規則が、買収企業(A社)より有利です。どちらに合わせるべきですか?また、統合にあたって注意すべき点はありますか?
A: 各社ごとに人事規程等の内容は様々であるため、M&Aの当事者となる一方の会社の労働条件が、他方の会社の労働条件より有利又は不利となっているケースが通常です。そのため、人事規程等を統一しようとする場合、いずれか一方の人事規程等に合わせるか、又は、両社の人事規程等を踏まえて新たな人事規程等を作成する等、様々なパターンがあり得ます。どのような方法で人事規程等を統一するかは、両社の人事制度や労働条件等を踏まえた、個別具体的な検討が必要になります。
人事規程等を統一する場合、特に注意しなければならないのが、労働条件の「不利益変更」の問題です。労働条件の「不利益変更」は、原則として、労働者本人の個別合意を得て行う必要があります。なお、後記Q5でこの個別合意を取得する際の注意点を解説します。
もっとも、労働者の個別合意が得られない場合であっても、変更後の就業規則を労働者に適切に周知し、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤その他就業規則の変更に関連する事情を総合的に考慮し、その変更に合理性が認められるときには、「不利益変更」であっても、変更後の就業規則が労働条件の内容となります。
※労働条件の「不利益変更」については、下記の記事もご参考ください。
就業規則の不利益変更とは?要件や具体的な手順、注意点などを弁護士が解説!
就業規則の不利益変更の2つの要件は、【1】変更後の就業規則の周知と【2】就業規則の変更の合理性になります。後者の合理性については、不利益の程度や変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性などがポイン...
就業規則の変更が合理的なものであると評価される場合には、個々の労働者の合意がなくとも「不利益変更」が認められるとされています。もっとも、全労働者向けの説明会を行い、変更理由や内容について、労働者の納得を得られるよう十分な情報提供・説明を行うことが必要であり、できる限り、労働者から個別の合意を取得すべきです。また、労働条件の不利益を緩和する措置を設けたり等、就業規則の変更の合理性が認められるための措置を講じるようにしましょう。
本件のケースでは、人事規程等の統合にあたり、被合併企業(B社)の労働条件が不利益に変更せざるを得ない場合には、不利益の程度が大きくならないようにするとともに、変更の必要性を十分に整理しておくべきです。また、不利益が大きくなる場合には、激変緩和措置(調整給・経過措置等)も講じることも検討する必要があります。さらに、労働者への説明会等を実施し、労働者の理解を得る必要があります。
Q5. 労働条件の不利益変更を労働者との個別合意で行う際、どのような点に注意すべきですか?
A: 労働条件の「不利益変更」は、上記Q4のとおり、原則、労働者本人の個別合意を得て行う必要があるとされています。
最高裁は、労働者が変更を受け入れる旨の行為があったとしても、労働者の同意の有無は慎重に判断すべきとし、具体的には、労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であると判示しています(山梨県民信用組合事件・最判平成28年2月19日民集70巻2号123頁)。
なお、同意書等には説明資料を添付し、交渉経過を議事録や録音で記録しておくことで後日の争いを防ぐことができます。
以上のとおり、労働条件の不利益変更を労働者との個別合意で行う際には、労働者が自発的に同意できるよう十分な配慮が必要です。
Q6. 統合すべき規程は、就業規則と給与規程だけですか?
A:通常、就業規則、給与規程以外にも多くの社内規程が存在するところ、会社の人事制度は、これらの社内規程により規律されますので、これらの社内規程の統合も検討する必要があります。例えば、退職金規程、育児・介護休業規程、福利厚生規程、出張旅費規程、人事評価制度等、労働者の労働条件に関連する規程全般が対象となります。
M&A後の規程類の運用をスムーズにするためには、両者の同じ名称の規程・条文の照らし合わせをしたうえで、かつ、関連するその他の規程・条文の整合性も併せて総合的に検討する必要があります。事前にしっかりと検討していなければ、上記Q1のとおり、統合後の1社に複数の異なる規程が併存することになり管理が煩雑になります。そのため、実務上は、可能な限り主要な人事労務ルールを統一・共有する方向で見直しを進めるのが望ましいでしょう。
Q7. 統合後、労働者に新しい規程をどのように「周知」すればよいでしょうか?
A: 統合後の人事規程等の内容は、説明会等で説明するとともに、イントラネット等で人事規程等の制度趣旨、変更点・変更理由等を開示すること等が考えられます。また、就業規則等の社内規程については、後述の労働基準法の規制もあるため、事業場への備置やイントラネットでの掲示等の方法により周知することが考えられます。
なお、労働基準法106条1項上の周知(形式的周知)の方法として、①各作業場の見やすい場所への掲示・備付け、②書面の交付、③電子媒体への記録と確認用機器の設置、のいずれかの方法によって行う必要があるとされています。
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組織再編等のM&Aの際には、複数の企業文化や制度を統合しながら、一貫したルール運用を実現することが求められます。特に就業規則や給与規程等の「社内規程」は、統合後のガバナンスを左右する重要な要素です。
社内規程DXサービス「KiteRa Biz」では、200種類以上の規程雛形と条文ごとの解説を備えており、買収企業・被買収企業のルールを比較しながら、統合後の基準を検討することが可能です。
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