TOP労務ガイドみなし残業制の上限や注意点を解説。判例を交えて制度設計も分かりやすく説明します

みなし残業制の上限や注意点を解説。判例を交えて制度設計も分かりやすく説明します

玉上 信明
2024.05.13

社会保険労務士の玉上 信明(たまがみ のぶあき)です。

みなし残業制(固定残業代・定額残業代)はよく用いられる制度であり、適切に制度を設計して運用すれば、労使ともにメリットが得られます。

この記事では、厚生労働省の指針に即した適切な制度設計と運用のポイントをご説明します。

※みなし残業制は、厚生労働省の指針では「固定残業代」という言葉が使われています。実務では「みなし残業・みなし残業制」という言葉がよく見受けられますし、中には「定額残業代」という言葉を使う方もおられます。本稿では「みなし残業制(固定残業代)」と記載します。

みなし残業制(固定残業代)とは

みなし残業制(固定残業代)が用いられてきた背景

みなし残業制は、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする制度です。簡単に言えば「時間外労働の有無に関わらず一定の手当を支給する制度」です。法令で明確に定められた制度ではありませんが、次のメリットがあることから、広く用いられるようになりました。

企業のメリット労働者のメリット共通のメリット
・求人の際、基本給にみなし残業代を加え、高めの賃金を求職者に提示できる
・毎月の残業代計算を簡略化できる
・人件費を固定化できる
・みなし残業代が最低保証として必ず支払われる
・業務を効率化して残業を減らしても賃金は減らない
・生産性向上
・業務効率化へのインセンティブとなる

ただし、中には、基本給を高くみせるために不適切な表示をしたり、払うべき割増賃金を払わないといった弊害も生じていました。

厚生労働省が定めるみなし残業制(固定残業代)の定義

このような背景から、厚生労働省は、2018年1月の職業安定法指針「一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金」を「固定残業代」と定義し、制度の明確な基準を設けました(冒頭で記載した通り、この「固定残業代」が「みなし残業制」を示す厚生労働省の用語です)。

・固定残業代の計算方法を明らかにすること、すなわち、算定の基礎として設定する労働時間数(「固定残業時間」)及び金額を明らかにすること

・固定残業代を除外した基本給の額を明示すること

・固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること

(参考)職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等がその責務等に関して適切に対処するための指針(以下「指針」) 第三の一(三)ハ
(参考)労働者を募集する企業の皆様へ~労働者の募集や求人申込みの制度が変わります~
(参考)<職業安定法の改正>2018年改正施行日:2018(平成30)年1月1日(以下「企業向けパンフレット」)

 みなし残業制(固定残業代)とみなし労働時間制の違い

「みなし残業制」と似た言葉で「みなし労働時間制」があります。これは全く別の制度です。

みなし労働時間制(事業場外みなし、裁量労働制)は、実際の労働時間の算定が難しい業務や、業務の性質上、労働時間を労働者の裁量に任せる方がよい場合に適用されます。業務の性質に基づく制度であり、適用業務は限定されます。

一方、みなし残業制(固定残業代)には適用業務に限定はありません。

また、みなし残業制(固定残業代)では、実際の時間外等を含めた労働時間が算定基礎の労働時間(「固定残業時間」)を超えた場合は、超過分の割増賃金が支払われます。

みなし残業制(固定残業代)はいわば、残業代計算対象時間の最低保証を定めた、と考えるとわかりやすいでしょう。これに対し、みなし労働時間制(事業場外みなし、裁量労働制)では実際の時間外等労働時間にかかわらず、原則として算定基礎の労働時間分だけの割増賃金が支払われます。

ただしこれらは、割増賃金の計算の仕方の定めです。使用者(会社)が労働者の健康管理のため実際の労働時間を把握する義務(労働時間把握義務)があることは、いずれの制度でも共通です。

制度対象業務算定基礎の労働時間を超過した場合の割増賃金支払い労働時間把握義務労働安全衛生法第66条の8の3
みなし残業(固定残業代)限定なし
事業場外みなし労働時間制 事業場外労働で労働時間把握困難な業務に限る原則不要(※)
裁量労働制 専門的企画的な特別の業務に限る。 原則不要(※) 要

 ※みなし労働時間制は時間外労働の計算の特例です。休日・深夜労働には別途、割増賃金支払いが必要です。

みなし残業制(固定残業代)そのものは違法ではない

みなし残業制では、払うべき割増賃金が払われないなどの問題も起こり、紛争化してきたことは事実です(「みなし残業制で発生しやすいトラブル」参照)。
そのため、みなし残業制自体が違法と認識している方もいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、前述の指針に基づく運営がされる限り違法ではありません。

厚生労働省が出している企業向けパンフレットでは、指針の内容を受けて次のように要件がわかりやすく記載されています。 

時間外労働の有無に関わらず一定の手当を支給する制度(いわゆる「固定残業代」)を採用する場合は、以下のような記載が必要です。

① 基本給××円(②の手当を除く額)
②□□手当(時間外労働の有無に関わらず、〇時間分の時間外手当として△△円を支給)
③)〇×時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給

具体的には、次の要件を満たす運用が求められます。

・通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分が判別ができること(明確区分性)
・固定残業代は固定残業時間の時間外労働等の対価として支払われ、通常の時間外労働と同様に、労働基準法の割増率で計算されること(対価性)
・固定残業時間を超える時間外労働分については、割増賃金が追加で支払われること

(参考)現在のパンフレットでも同様の記載があります。求人企業の皆さま2024(令和6)年4月1日施行 改正職業安定法施行規則 募集時などに明示すべき労働条件が追加されます!

みなし残業時間(固定残業時間)の定め方

みなし残業制の導入にあたっては、まずみなし残業の時間数を決めます。みなし残業時間(固定残業時間)はどのように決めるべきでしょうか。上限があるのでしょうか。

みなし残業時間(固定残業時間)の決め方

結論として会社の残業の実態に即して適切な水準に決めるべきといえます。会社の残業の実態をおざなりにしてみなし残業時間(固定残業時間)を決めてしまうと、次のような問題が起こります。
たとえば月あたり実際の平均残業時間が10時間程度なのに、みなし残業時間(固定残業時間)を20時間に設定すれば、実態の倍の残業代を払うことになります。
逆に実際の平均残業時間が30時間なのに、みなしを20時間に設定すれば、毎月必ず超過分の残業手当を払うことになり、面倒な精算手続きが恒常的に発生します。

なお、みなし残業制では、時間外労働のみならず、休日労働や深夜労働も含めて「固定残業代」を定めることも可能です。これらを含めるかどうかについても、勤務実態に即して検討しましょう。

上限時間は45時間?

上限時間は45時間までにすべきでしょう。時間外労働についての36協定の限度時間が月45時間(年間では360時間)とされているためです。

では36協定の特別条項を締結しているなら、45時間超の時間に設定できるのでしょうか。

実際にそのような運用をしている会社も存在します。

しかし、特別条項を締結していても、原則の月45時間超が認められるのは、年6か月までです。45時間超に設定しても、残り6ヵ月は45時間超の残業はできず、実態以上に残業代を支払うことになります。

また、みなし残業時間(固定残業時間)は、毎月の残業の目安です。上限時間を45時間超に設定すると、毎月恒常的に45時間超の残業があると疑われかねません。

このような理由から、たとえ特別条項を締結しても、45時間以内に設定しておくのが妥当といえるでしょう。なお、一般条項の年間上限が360時間なので、みなし残業時間(固定残業時間)も月30時間以内が無難だ、という意見もあります。各企業の実態に合わせて検討してください。

(関連記事)36協定の残業時間の上限は何時間?上限超えの場合の対策

みなし残業時間の変更

みなし残業時間(固定残業時間)を仮に20時間から30時間へ引き上げる場合、その必要性を明確にしておく必要があります。勤務実態からみて残業時間が毎月恒常的に20時間を超えるのでみなし時間を引き上げる、といったことです。

しかし、引き上げは安易にすべきではないでしょう。従業員に十分説明して理解と納得を得る努力が必要ですし、就業規則の改定等も必要です。厚生労働省も「時間外労働・休日労働は必要最小限にとどめてください」と再三注意喚起しています。

(参考)36協定で定める時間外労働及び休日労働について留意すべき事項に関する指針

実際の時間外等がみなし残業時間(固定残業時間)を超えた場合は残業代の支払いが必要

みなし残業時間(固定残業時間)を超える時間外労働分については割増賃金を追加で支給する必要があります。計算の仕方は通常の残業代と同じです(次表参照)。 

種類割増率
時間外労働〈1日8時間、1週40時間を超える労働時間〉月60時間以下25%(月60時間超50%)(※)
休日労働(法定休日の労働)35%
深夜業(午後10時から午前5時までの労働)25%
時間外が深夜業になった場合50%(25+25)(月60時間超なら75%(50+25))
休日労働が深夜業になった場合60%(25+35)

※月60時間の時間外労働の算定には法定休日の労働時間は含まれない
※「割増賃金を計算する際の基礎となる賃金」については以下の厚労省解説を参照「割増賃金を計算する際の基礎となる賃金は何か。

みなし残業時間を超えただけでは、超過分の残業代を支払うだけにとどまりますが、36協定で定めた残業時間さえも超えてしまうと罰則が科されることもあります(36協定違反は労働基準法第32条「労働時間」、第35条「休日」の規定違反。第119条第1項で使用者は6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)。

みなし残業制(固定残業代)で発生しやすいトラブル

みなし残業制(固定残業代)で発生しやすいトラブルを「制度設計」と「運用」に分けて解説します。 

制度設計ミスによるトラブル

実際の裁判例「テックジャパン事件(平成24年3月8日 / 最高裁第一小法廷判決 )

始めに実際の裁判例を見てみましょう。

この事件では、雇用契約で「基本給は月額41万円。月間総労働時間が180時間を超えた場合、超過時間につき1時間当たり一定額を別途支払う」としており、月間180時間以内に時間外労働が含まれても、その分の割増賃金は払わない運用でした。

しかし、労働者側がこれを提訴。180時間内でも、法定労働時間を超過した場合、会社は残業代を支払うべきだと主張しました。

最高裁判所は、労働者側の主張を認め、会社が労働者に対し時間外労働に見合う割増賃金を支払う義務がある、と判断しました。この雇用契約の定めでは、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できないからです。

会社としては、41万円の中に「基本給」と「一定の残業代」が含まれると思っていたのに、時間外労働の割増賃金は、基本給41万円という高い給与を前提に、さらにその25%以上の割増率で時間外分全額を支払うことになったのです。

この判例は、みなし残業制(固定残業代)のリーディングケースとされています。

不適切な制度設計の例

「みなし残業制(固定残業代)そのものは違法ではない」で解説した通り、明確区分性、対価性のある制度設計が必要です。この点は上記裁判例でも理解いただけるでしょう。

例えば基本給22万円、みなし残業代(固定残業代)として20時間分3万円(25%以上の適正な割増率での計算が前提)という場合なら、指針に従って、明確な説明が必要です。

制度の適切な説明の例

(1) 基本給22万円

(2) ■■手当(時間外労働の有無に関わらず、20時間分の時間外手当として3万円を支給)

(3) 20時間を超える時間外労働分についての割増賃金は追加で支給

上記の適切な例と比較すれば、次の説明の仕方はすべて問題だとおわかりいただけるでしょう。

制度の説明の仕方通常の労働時間部分と割増賃金部分が判別できるか(明確区分性)みなし残業時間が示され、みなし残業時間の対価として適切か判断できるか(対価性)
基本給25万円(みなし残業代含む)××(「みなし残業時間」「みなし残業代の金額」いずれも不記載
基本給25万円(〇時間分のみなし残業代含む)××(「〇時間分」の記載はあるが、それに見合う「みなし残業代の金額」が不記載
基本給25万円(みなし残業代3万円含む)×「みなし残業代の金額」の記載はあるが、「みなし残業時間」が不記載。時間外労働が何時間でも手当3万円と読め「定額働かせ放題」とみられかねない。
基本給22万円 ■■手当3万円(時間外労働の有無にかかわらず支給)×同上。

制度運用間違いによるトラブル

みなし残業制(固定残業代)は、「時間外労働の有無に関わらず一定の手当を支給する制度」です。
さらに、みなし残業時間(固定残業時間)を超えた時間外労働などには、割増賃金を追加で払うものです。
従って次の取り扱いは全て間違いです(仮にみなし残業時間(固定残業時間)を20時間とします)。

間違った取り扱い正しい取り扱い(間違いの理由)
月20時間は必ず残業するように命じる時間外の有無・多少にかかわらず、みなし残業代は全額払う
残業が20時間を超えても、みなし残業代以外の割増賃金を払わないみなし残業時間を超えた残業については、割増賃金を払う
今月の時間外が15時間でみなし時間に5時間不足、として「来月は25時間残業しろ。追加残業代は払わない」時間外の有無・多少にかかわらず、みなし残業代は毎月全額払う
月の所定勤務日数20日の場合に有給休暇を5日取得した月にみなし残業代は15時間分だけ払う有休取得有無にかかわらず、みなし残業代は毎月全額払うそもそも、有給休暇取得は労働者の権利。それを妨げる運用は不可

社会保険労務士・玉上 信明 が考える3つのポイント

以上から、みなし残業制(固定残業代)において、必ず押さえておくべきポイントを確認しておきましょう。

【1】適切な制度設計

会社の残業実態を把握して、適切なみなし残業時間(固定残業時間)を設定、時間外労働等の割増率を盛り込んだ適正なみなし残業代(固定残業代)を設定します。
そのうえで、「通常の労働時間部分と割増賃金部分が判別できること(明確区分性)」「みなし残業時間が示され、みなし残業時間の対価として適切か判断できること(対価性)」を明確にした就業規則を作成します。この過程では、労働組合があれば労働組合、労働組合がない場合もそれに代わる労働者代表などと十分に協議して理解と納得を得るように努めましょう。

なお、みなし残業制(固定残業代)導入に伴って、他の手当を整理したり、基本給の水準を変更する場合などには、労働契約や就業規則の不利益変更に該当することがあります。労働契約法第8条から10条など に従い、適正な手続きを経た対応が必要です 。

【2】就業規則への記載等

みなし残業代(固定残業代)は賃金の一部です。就業規則の絶対的記載事項として、その内容を就業規則に明記しなければなりません(労働基準法第89条 )。

記載例は例えば次のようになります。このような条項をセットにして初めて、みなし残業制(固定残業代)の適切な制度になります。
なお、次の記載例は「 全従業員のみなし残業時間(固定残業時間)が同一」「みなし残業代(固定残業代)の中に深夜業、休日労働が含まれない」という前提で作成しています。

就業規則の記載例

(1)固定残業代は、第〇条に定める所定時間外労働に対する割増率を含む賃金として支払う。
(2)固定残業代の算定基礎となる所定時間外労働時間数(以下「固定残業時間数」という)は〇時間とする。
(3)実際の所定時間外労働時間が固定残業時間数を下回る場合でも、会社は固定残業代の減額をしない。
(4)実際の所定時間外労働時間が固定残業時間数を超過した場合には、会社は別途その不足分(差額)を支払う。また、固定残業代に休日労働、深夜労働を含まない場合に、深夜労働、休日労働が発生した際には、会社は固定残業代とは別に深夜労働の割増賃金、休日労働の割増賃金を支払う。
(5)会社は、賃金の支払時に従業員各人に示す賃金明細書において、各人ごとの時間外労働の時間数と固定残業代、前項に定める不足分(差額)及び割増賃金の額を明示する。

【3】雇用契約書・労働条件通知書などへの明示

雇用契約書や労働条件通知書等にも、上記の就業規則をベースに、みなし残業制(固定残業代)の計算方法、金額、時間超過分の差額払いなどを明記します。

求人の場合の労働条件の記載方法は、前述の企業向けパンフレットに従ってください。

まとめ

みなし残業制(固定残業代、定額残業代)は、「安い賃金での働かせ放題」「ブラック企業の証し」「求人側で避けるべき企業の代表」といった声さえあるようです。

しかし、本稿で解説した通り、指針に基づいて適切に運用するならば、企業・労働者双方に相応のメリットがあります。生産性向上という我国企業の大切な目標達成のためにも有効活用を図るべき制度と思われます。

本稿を参考にして、貴社にふさわしい制度の設計と運用を是非一度検討してみてください。

この記事を書いた人

玉上 信明
社会保険労務士

社会保険労務士玉上事務所所長。社会保険労務士・健康経営エキスパートアドバイザー。三井住友信託銀行にて年金信託や法務、コンプライアンスなどを担当。2015年同社定年退職後、社会保険労務士として開業。執筆やセミナーを中心に活動中。人事労務問題を専門とし、企業法務全般・時事問題・補助金業務などにも取り組んでいる。