就業規則が周知されていないときの効力は!?弁護士が3つの判例を交えて解説

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髙山 乃亜

弁護士の髙山乃亜(弁護士法人恵比寿パートナーズ法律事務所)です。

皆さまの会社において、就業規則の周知はなされておりますでしょうか。就業規則は、労働者との労働契約の内容となったり、労働条件を変更したりする効力を持つ、非常に重要なものです。しかしながら、せっかく作成した就業規則も、労働者に「周知」させていなければ意味がありません。

では、就業規則をどのような状態にしておけば、「周知」といえるのでしょうか。そして、就業規則が適正に周知されていなかったときにはどうなってしまうのでしょうか。これから、3つの裁判例を踏まえて解説します。

就業規則の「周知」とは

労基法上、就業規則を作成ないし変更した場合には、就業規則を常時各作業場の見やすい場所へ掲示したり、備え付けたりして、労働者に周知させる義務があります(労働基準法106条1項)。そして、ここにおける「周知」とは、労基則52条の2第1号から第3号までの方法を指します。

また、就業規則には、その内容が合理的であれば労働者との労働契約の内容となる効力(労働契約法7条。これを、「契約内容補充効」といいます。)や、就業規則の内容を労働者にとって不利益に変更しても、その内容が合理的であれば、変更に反対する労働者をも拘束する効力(労働契約法10条。これを、「契約内容変更効」といいます。)があります。そして、契約内容補充効、契約内容変更効が発生するためには、就業規則が労働者へ「周知」されていることが必要となります。この場合の「周知」は、労働基準法施行規則52条の2に定められた方法に限定されず、労働者が、就業規則の内容を知ろうと思えばいつでも知れる状態に置かれていれば、周知されているものと判断されます(これを、「実質的周知」といいます)。

就業規則が周知されていなかった場合の効力

では、就業規則が「周知」されていなかった場合、その効力はどうなってしまうのでしょうか。これから、3つの裁判例を交えて解説します。

(1)フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日)

<事件の概要>

Xは、化学プラント等の設計、施工を目的とするD社の従業員であり、D社の別部門であり、本社とは別の市に位置する「エンジニアリングセンター」(以下、「センター」という。)で勤務していた。Xは、D社の得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生させたり、上司に暴言を吐くなどして、職場の秩序を乱したりしたとされ、D社において約2か月前に実施された就業規則(以下、「新就業規則」という。)の懲戒規定に基づき、懲戒解雇された。センターには、新就業規則が備え付けらえていなかった。なお、変更前の旧就業規則にも、懲戒解雇事由は定められていた。

Xは、D社の当時の取締役Y1ないしY3に対し、違法な懲戒解雇の決定に関与したとして、損害賠償請求を行った。

<判旨>

「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する。そして、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」

「原審は、A社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これを大阪西労働基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこの判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。」

<人事担当者が押さえるべきポイント>

本判決は、①労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒種別、事由を定めておかなければならないこと、②就業規則が労働者を拘束するためには、事業場ごとに、それぞれ周知の手続がとられている必要があることを判示しました。Xが勤務していたセンターにおいては、新就業規則が周知されていなかったため、新就業規則はXを拘束しないものと判断されました。そして、Xへの旧就業規則の適用の可否を審理するため、破棄差戻しをしました。

就業規則を作成、変更するときは、すべての事業場に対し周知の手続を行う必要があります。本社だけでなく、支社、営業所などにおいても、就業規則を備え付けたり、会社のネットワーク上でいつでも就業規則の電子ファイルを閲覧できるようにしたりと、労働者がどこで勤務していても、いつでも就業規則を知ることができる環境を作りましょう。

(2)ムーセン事件(東京地裁平成31年3月25日)

<事件の概要>

Xは、人材派遣事業を行う会社であったところ、Xの従業員であったY1及びY2が、Xの就業規則等に反して競業他社の業務執行社員に就任するとともに、Xの登録派遣社員を引き抜き、Xの顧客に派遣して顧客を奪ったなどと主張し、Y1及びY2に対し、損害賠償請求を行った。就業規則には、顧客情報等の業務上秘密に関する秘密保持義務が含まれていた。なお、Y1は、中国出身の外国人であった。

<判旨>

「原告が被告Y1及び被告Y2の入社に当たり作成した「雇用契約書兼就業条件明示書」において、就業規則に言及されている部分があること、原告は、平成25年4月2日、会社のパソコンの共有フォルダ「社内規程」内に「AP契約社員就業規則」、「AP派遣社員就業規則」という名称の電子ファイルを保存していたことが認められるものの、原告が被告Y1及び被告Y2を含む従業員に対し、就業規則を保存した場所やその内容を確認する方法について説明していたとは認められない。」

「また、上記電子ファイルと平成28年6月1日制定・実施とされる本件就業規則が同一のものか否か、変更された部分があるとすれば、いつどのような手続きを経てどこが変更されたのかも判然としない。上記事情に照らすと、本件就業規則は周知等がされておらず、被告Y1及び被告Y2に対して効力が及ばない。」

<人事担当者が押さえるべきポイント>

本判決は、会社において、業務上秘密の秘密保持義務を定めた就業規則を定め、会社のパソコンの共有フォルダ内にデータとして保存していたものの、就業規則の保存場所、閲覧方法について労働者に説明していなかったため、周知がされたとは認められず、その効力は労働者に及ばない旨判示しました。

就業規則は、書面として保管するのか、電子データとしてパソコン内に保管するのかを問わず、保管の方法、場所、閲覧の方法について、労働者に説明しておかなければなりません。特に、電子データとしてパソコンに保管しておく場合、労働者がパソコンの扱いに不慣れで、十分に閲覧方法を理解できておらず、後々説明の有無で問題となる可能性もあります。そのため、就業規則へのアクセスの仕方等のマニュアルを別途紙面で用意し、労働者に十分な説明を行った証拠を残しておくことも有用です。

また、就業規則を変更した場合には、いつ、どのような手続をもって変更したのか、変更後の就業規則が、きちんと労働者に周知されているのかについて、手続の経過や、議事録等を記録し、証拠化して残しておくことが重要です。

加えて、本判決の被告は外国人であったところ、本判決に限らず、多くの裁判例は、外国人に対し、就業規則の実質的周知がなされているかについて、慎重に判断しています。就業規則は、労働者がその内容を十分に認識、理解しているからこそ労働者を拘束するものですので、外国人労働者については、就業規則の理解につき、より一層の注意が必要です。事業場に外国人労働者がいる場合には、当該外国人労働者の日本語能力の程度に応じ、必要であれば就業規則の外国語翻訳版を備え付け、労働者に確認させておくことも、リスク管理の上で重要です。

(3)河口湖チーズケーキガーデン事件(甲府地裁平成29年3月14日)

<事件の概要>

Y1は、菓子類の販売等を目的とする株式会社であり、株式会社A1傘下のグループ会社であった。Xは、Y1のパートタイム従業員であったところ、現金の着服、賃金の不正受給等の非違行為を理由に懲戒解雇を受けた。Xは、当該懲戒解雇は無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位確認及び慰謝料請求を行った。

Xが非違行為を行ったとされる日時において、Y1は、独自の就業規則を用意しておらず、A1のグループ会社の中心的存在であったC1有限会社の就業規則(以下、「C1規則」という。)を、Y1の就業規則として用いていた。Xに対する懲戒解雇も、C1規則の定めに基づいて行われた。

<判旨>

「就業規則が、法的規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるための周知があったというためには、少なくとも、実質的周知、すなわち、労働者が就業規則を知ろうと思えばいつでも知り得る状態にしておくことが必要であると解される。」

しかしながら、①被告代表者が雇用契約の締結の際に被告の就業規則が備え付けらえている場所を伝えたとの事実を認めるに足りる証拠がないこと ②就業規則を保管していたファイルに「就業規則」「Y1」と記載されたシールが貼付されていたという事実を認めるに足りる証拠がないこと ③Y1がXや他の労働者に交付した労働条件通知書の「具体的に適用される就業規則名」の欄が空欄となっていること ④証人尋問において、従業員らが、C1規則がY1の就業規則として用いられていることについて明確に認識していなかった旨証言していること ⑤Y1代表者も、Xに対し、C1規則が被告の就業規則として適用される旨の説明はしていない旨述べていること から、「C1規則がファイルに閉じられて2号店の従業員控室の棚に備え付けられていたとしても、それをもって従業員がC1規則が被告の就業規則として用いられていること及びその内容を認識できたとは言えないのであって、Y1が、C1規則を被告の就業規則として用いていることについて、従業員がこれを知ろうと思えばいつでも知り得る状態にあったということはできない。」

 「以上によれば、Y1は、本件懲戒解雇の事由として主張しているXの各非違行為がされた時点において、懲戒解雇の種別及び事由を定めていたC1規則を被告の就業規則として用いることについて周知を行っていなかったにもかかわらず、Xに対し、本件懲戒解雇をしたものであり、「使用者が労働者が懲戒することができる場合」でないのに本件懲戒解雇をしたものであるから、本件懲戒解雇は、労働契約法15条に反し、無効である。」

<人事担当者が押さえるべきポイント>

本判決は、グループ会社C1の就業規則を自社の就業規則として用いていたY1につき、C1規則をY1の就業規則として用いることを労働者に十分に説明しておらず、周知がなされていなかったものとして、C1規則に基づく懲戒解雇は無効である旨判示しました。C1規則は、ファイルに閉じられて従業員控室に備え付けられていたものの、それがY1の就業規則であると明示的に説明されていなかったために、周知が認められませんでした。

グループ会社など、他社の就業規則を流用して自社の就業規則とする場合には、必ずその旨を従業員に説明し、シールなどを用いて「自社の就業規則として用いる」ことを明らかにしなければなりません。また、就業規則を事業場などに備え付けていたとしても、それが就業規則であると労働者が認識できていなければ意味がありません。同様に、シールなどで、それが就業規則であることを労働者に明示しましょう。

就業規則の周知がなされているかが争いとなった場合、周知がなされていた具体的証拠がなければ、本判決のように、従業員に対する証人尋問等で判断されることとなります。従業員が、実際に就業規則の存在、内容を知っていたかは、個人の認識に大きく左右されることとなり危険です。労働条件通知書等に明示する、備え付けの方法、場所を明示しておく等、労働者が認識しやすい環境づくりを行うとともに、万が一争いが生じた場合に、周知の有無の問題が生じないようにしましょう。

まとめ

これまでに紹介した3つの裁判例は、いずれも就業規則の周知が認められなかったために、就業規則の契約内容補充効や、契約内容変更効が認められませんでした。就業規則の効力が労働者に及ばない以上、会社が労働者に対して行った処分は、処分の根拠がないのに行ったものとして、無効と判断されてしまいます。

そのため、就業規則を、シール等を用いてそれが就業規則とわかるような状態で備え付けたり、会社内のパソコン内に電子ファイルとして保管したりして、労働者が就業規則の内容を知ろうと思えばいつでも知ることができる環境を作りましょう。また、どのような方法により周知をするかを問わず、就業規則にアクセスする方法については、しっかり労働者に説明することが大切です。その際、できる限り説明をした事実を証拠化しておくことが望ましいです。

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