TOP労務コラム「事業場外みなし労働時間制」と「配置転換」に関する最新判例解説【人事労務担当者向け】

「事業場外みなし労働時間制」と「配置転換」に関する最新判例解説【人事労務担当者向け】

益原 大亮・齊藤 駿介
2024.05.22

TMI総合法律事務所の弁護士の益原大亮、齊藤駿介です。

2024年4月16日に「事業場外みなし労働時間制」に関する最高裁判例(共同組合グローブ事件)、同月26日に「配置転換」に関する最高裁判例が出ました。いずれも人事労務において重要な制度に関する判断ですので、人事労務担当者はしっかりと理解し、必要な実務対応に備える必要があります。 そこで本記事では、各判例の解説とともに、人事労務担当者として押さえておくべきポイントは何かなどについて解説していきます。

1.「事業場外みなし労働時間制」に関する最高裁判例(共同組合グローブ事件)

(1)事案概要

本訴訟は、外国人の技能実習に係る監理団体である上告人に雇用され、技能実習生の指導員(労働者)として勤務していた被上告人が、上告人に対し、時間外労働に対する割増賃金等の支払を求めたのに対し、上告人が、被上告人が事業場外で従事した業務の一部(本件業務)については労働基準法38条の2第1項の「労働時間を算定し難いとき」に当たり、所定労働時間労働したものとみなされるなどと主張して、被上告人の請求を争っていたものです。主な事実関係は、以下のとおりです。

・被上告人は、2016年9月、外国人の技能実習に係る監理団体である上告人に雇用され、指導員として勤務したが、2018年10月31日、上告人を退職。

・被上告人は、自らが担当する九州地方各地の実習実施者に対し月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために、来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳を行うなどの業務に従事。

・被上告人は、本件業務に関し、実習実施者等への訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理。また、被上告人は、上告人から携帯電話を貸与されていたが、これを用いるなどして随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはなかった。

・被上告人の就業時間は午前9時から午後6時まで、休憩時間は正午から午後1時までと定められていたが、被上告人が実際に休憩していた時間は就業日ごとに区々であった。また、被上告人は、タイムカードを用いた労働時間の管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできたが、月末には、就業日ごとの始業時刻、終業時刻及び休憩時間のほか、訪問先、訪問時刻及びおおよその業務内容等を記入した業務日報を上告人に提出し、その確認を受けていた。

原審(福岡高裁)は、業務日報を通じ、業務の遂行の状況等につき報告を受けていたこと、その記載内容については、必要であれば上告人から実習実施者等に確認することもできたため、ある程度の正確性が担保されていたこと、現に上告人自身、業務日報に基づき被上告人の時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあり、業務日報の正確性を前提としていたことから、「本件業務については、本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえない」と判断しました。

(2)最高裁判例の判旨

最高裁は、以下のとおり判示し、原判決を破棄した上で、「労働時間を算定し難いとき」に当たるといえるか否か等に関し更に審理を尽くさせるため、本件の審理を原審(福岡高裁)に差し戻しました。

①「本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。また、被上告人は、本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。」

②「このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、被上告人が担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、上告人において、被上告人の事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。」

③「原審は、被上告人が上告人に提出していた業務日報に関し、❶その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、❷上告人自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことを指摘した上で、その正確性が担保されていたなどと評価し、もって本件業務につき本件規定の適用を否定したものである。」

④「しかしながら、上記❶については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。上記❷についても、上告人は、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずに被上告人の労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければ上告人が業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、上告人が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。」

⑤「以上によれば、原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」

なお、本判決には、裁判官林道晴の補足意見が付されており、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等の考慮要素を踏まえつつ、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと述べられています。

(3)従前の裁判例と本判決の位置づけ

本件は、事業場外労働のみなし制において、「労働時間を算定し難いとき」の該当性が争点となった事案ですが、「労働時間を算定し難いとき」の該当性について判断した従前の最高裁判例としては、阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日労判1088号5頁)があります。

阪急トラベルサポート事件は、海外ツアー派遣添乗員について、以下の事実等から、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法38条の2第1項にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえない」と判断しています。

①旅行日程が明確に定められているなど業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその選択の幅が限られていること

②会社が添乗員に対して旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うことを具体的に指示し、旅行日程に変更を要する場合でも個別の指示がなされていたこと

③旅行日程の終了後には、関係者への問合せ等によってその内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等を詳細に報告されていたこと

本判決も、阪急トラベルサポート事件の判断枠組みを踏襲した事例判断の一つとして位置付けられると考えられます。すなわち、阪急トラベルサポート事件は、(a)業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、(b)業務に関する指示の方法、内容やその実施の態様、状況等、(c)業務に関する報告の方法、内容やその実施の態様、状況等という3つの観点から、「労働時間を算定し難いとき」に該当するか否かを判断したものであると考えられるところ、本判決も、前記判旨①②において、(a)及び(b)の観点を検討し、これらによっては、「事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い。」と判断しています。その上で、(c)の観点において、原審が、業務日誌について、❶その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、❷上告人自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことから、その正確性が担保されていたと評価したのに対し、本判決は、前記判旨④のとおり、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情の検討が不十分であると判断した点で、結論が分かれたものです。

(4)今後の実務における対応

本判決は、最高裁判例とは言え、「労働時間を算定し難いとき」の該当性について、一事例の具体的な事実関係を下に個別判断を行ったものにすぎず、今後の実務を大きく変えるような一般論を判示するようなものではありません。

もっとも、従来より、「労働時間を算定し難いとき」の該当性については、その判断の予測可能性が低く、企業にとっては使いづらい制度でしたが、本判決により、「労働時間を算定し難いとき」の該当性において重要な示唆もあり、最高裁判例による示唆であることから、今後の裁判実務でも参考にされることが想定されます。

そこで、事業場外みなし労働時間制を採用する企業においては、今一度、本判決も踏まえながら、上記(a)から(c)の観点から、例えば以下のとおり、「労働時間を算定し難いとき」に該当するといえる具体的事情を整理しておくことが肝要です。

(a)業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等・本判決では、業務内容が「多岐にわたる」という事情を、労働時間が算定し難い事情として考慮しています。そのため、各企業において、事業場外みなし労働時間制を採用できるか否かの1つのポイントとして、業務内容が多岐にわたるか否か(業務内容の不確定性)が挙げられます。
(b)業務に関する指示の方法、内容やその実施の態様、状況等・本判決では、事業場外における具体的な勤務スケジュール、休憩時間、直行直帰について自ら判断していたという事情を、労働時間が算定し難い事情として考慮しています。そのため、各企業において、事業場外みなし労働時間制を採用できるか否かの1つのポイントとして、業務内容及び性質を踏まえ、労働時間に関する裁量があるか否かが挙げられます。
(c)業務に関する報告の方法、内容やその実施の態様、状況等・一般的に、労働者に対して、事前に詳細な業務計画を提出させ、そのとおりに業務を遂行させたり、訪問先の訪問時刻と退出時刻を詳細に報告させたりすることは、「労働時間を算定し難いとき」を否定する事情になり得ると考えられます。

・もっとも、本判決では、「労働時間を算定し難いとき」か否かの判断において、単に業務報告がなされていることのみではなく、その報告の正確性の担保に関する具体的な事情も必要となるとした上で、報告内容の確認を労働者や業務の相手方に確認し得るとしても、その確認の現実的な可能性や実効性がなければ、「労働時間を算定し難いとき」が認められない場合があることを示唆しています。そのため、仮に業務報告をさせるとしても、その正確性の確認について、現実的な可能性や実効性がなければ、事業場外みなし労働時間制を採用できる余地があるものと考えられます。

※上記(b)(c)との関係で、携帯電話等の情報通信機器を貸与し、労働者に対して即座に応答することを求めている場合は、(リアルタイムで)労働者の状況を具体的に把握することが可能であるとして、労働時間が算定し難いとはいえないと判断されやすくなるため、留意が必要です。

※事業場外みなし労働時間制を適用することができる場合であっても、「その他の適切な方法」(労働安全衛生規則52条の7の3第1項)によって「労働時間の状況」を把握し(労働安全衛生法66条の8の3)、長時間労働者に対しては産業医の面接指導(安衛法66条の8)を実施する必要があることには留意が必要です。

なお、本判決では、被上告人が担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が「定まっていた」としても、事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが「容易であったと直ちにはいい難い」と述べているように、仮に労働時間を算定することが「可能」でも、業務の内容・性質等から「容易ではないこと(算定困難性)」を基礎づける事情があれば、労働時間が算定し難いという評価がなされることを意識した判断をしています。上記(a)の業務内容が「多岐にわたる」という事情や上記(b)の事業場外における具体的な勤務スケジュール、休憩時間、直行直帰について自ら判断していたという事情も、労働時間の算定が「容易ではない(算定困難性)」を基礎づける事情であり、上記(c)の報告内容の確認の現実的な可能性や実効性が求められるという点についても、労働時間の算定が「可能」であることでは足りず、「容易ではないこと(算定困難性)」を意識した点であるといえます。このように、本判決によって、今後は、労働時間の算定が「可能」であることでは足りず、「容易ではないこと(算定困難性)」までが必要であるという点をより意識した事実認定や評価がなされることが想定されますので、各企業においても、万が一労働者から事業場外みなし労働時間制の適用の可否が争われた場合に備え、より精緻な整理をしておくことが肝要です。

2.「配置転換」に関する最高裁判例(滋賀県社会福祉協議会事件)

(1)事案概要

本訴訟は、被上告人に雇用されていた上告人が、被上告人から、職種及び業務内容の変更を伴う配置転換命令を受けたため、同命令は上告人と被上告人との間でされた上告人の職種等を限定する旨の合意に反するなどとして、被上告人に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求等を行った事案です。主な事実関係は、以下のとおりです。

・社会福祉協議会である被上告人は、Aセンターにおいて、福祉用具について、その展示及び普及、利用者からの相談に基づく改造及び製作並びに技術の開発等の業務を指定管理者等として行っていた(2003年3月まではB法人の下で当該業務が行われていたが、同年4月以降は同法人の権利義務を承継した被上告人が当該業務を行っていた。)。

・上告人は、2001年3月、B法人に、Aセンターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発(本件業務)に係る技術職として雇用されて以降、上記技術職として勤務していた。上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意(本件合意)があった。

・被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく、2019年4月1日付けでの総務課施設管理担当への配置転換を命じた(本件配転命令)。

原審(大阪高裁)は、上記事実関係等の下において、本件配転命令は配置転換命令権の濫用に当たらず、違法であるとはいえないと判断し、上告人の請求を棄却しました。

(2)最高裁判例の判旨

最高裁は、以下のとおり判示し、原判決を破棄した上で、本件配転命令が違法であることを前提として不法行為や債務不履に関する審理を尽くさせるため、本件の審理を原審(福岡高裁)に差し戻しました。

・「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。」

・「上記事実関係等によれば、上告人と被上告人との間には、上告人の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、被上告人は、上告人に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。」

・「そうすると、被上告人が上告人に対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、被上告人が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」

(3)従前の裁判例と本判決の位置づけ

ア. 総論

配転とは、一般的に、労働者の配置の変更であって、労働者の職務内容又は勤務地が相当の長期間にわたって変更されるものをいいます(同一事業所内の所属部署の変更が配置転換、勤務地の変更が転勤です。)。

配転は、法令上明確な根拠があるものではなく、労働契約上の根拠(配転命令権)に基づいて命じることができるものとされています。例えば、就業規則に「会社は、業務の都合により、出張、配置転換又は転勤を命じることがある。」と定めることが多いですが、これが配転命令権の労働契約上の根拠(労働契約法7条参照)となります。

また、契約上の根拠に基づき、配転命令権を行うことができる場合であったとしても、判例上、①業務上の必要性がない場合、②不当な動機・目的がある場合、③労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合のいずれかに該当する場合には、配転命令権の濫用があるとして、その行使は違法・無効となります(東亜ペイント事件・最判昭和61年7月14日労判477号6頁)。

このように、配転命令権の有効性については、①労働契約上の根拠があるか、②権利濫用と評価されるかという2段階で審査されることとなります(後述のとおり、職種限定合意・勤務地限定合意は上記①の審査との関係で問題となります。)。

なお、配転命令権の有効性が問題になる場面としては、(a)配転前の地位にあることの確認請求、(b)配転命令に従わないことに対する懲戒処分の有効性、(c)配転命令が違法であることを理由とする損害賠償請求などです。

イ. 職種限定合意・勤務地限定合意がある場合

前掲東亜ペイント事件は、「労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかつたという前記事情」の下で転勤を命じた事例(職種限定合意や勤務地限定合意がない事例)であり、最高裁判例として、職種限定合意や勤務地限定合意がある場合の判断を行ったものはありませんでした。

もっとも、これまで多くの下級審裁判例においては、職種限定合意や勤務地限定合意がある事例において、これら合意の範囲を超えた一方的な配転命令の有効性を否定してきました。

そのため、本判決がなされる前より、既に裁判実務上は、職種限定合意・勤務地限定合意がある場合には、これら合意の範囲を超えて配転命令を行う権限はない(そのような配転命令を労働者本人の同意のなく行えば、その配転命令は違法・無効となる)という法理はほぼ確立していた状況にありました。

そのような中、本判決により、「労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しない」という一般論が示され、職種限定合意について、上記法理が最高裁判例としても追認されることとなりました。

※本判決は、職種限定合意に関する事例ではありますが、その射程は勤務地限定合意にも及ぶものと考えられます。

※下級審裁判例の中には、「職種限定の合意を伴う労働契約関係にある場合でも、採用経緯と当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無及びその程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転による労働者の不利益の有無及び程度、それを補うだけの代替措置又は労働条件の改善の有無等を考慮し、他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である。」と述べ、職種限定合意がある場合でも例外的に労働者の同意なく配転命令を行うことができる場合があることを示していたものがありましたが(東京海上日動火災保険事件・東京地判平成19年3月26日判時1965号3頁)、最高裁判例である本判決が出たことにより、今後はこのような例外も認められないこととなるものと考えられます。

(4)今後の実務における対応

前述のとおり、既に裁判実務上は、職種限定合意がある場合には、これら合意の範囲を超えて配転命令を行う権限はないという法理はほぼ確立していた状況にありましたので、最高裁判例で当該法理が追認された点や前掲東京海上日動火災保険事件の例外も今後は否定されることになる点で本判決の意義は一定程度あるものの、本判決による実務上の影響はそこまで大きくないものと考えられます。

もっとも、近時、いわゆるジョブ型雇用(職務内容や勤務地などを一定範囲に限定した上で雇用する形態)が普及しており、厚生労働省においても、「多様な正社員及び無期転換ルールに係るモデル就業規則と解説」を公表しています。各社のジョブ型雇用(ないしジョブ型人事)の制度設計次第では、明示又は黙示の職種限定合意・勤務地限定合意が認められる可能性もあります。今後もジョブ型雇用(ないしジョブ型人事)が普及していくことが見込まれることを踏まえますと、本判決や職種限定合意・勤務地限定合意について十分に理解し、各社が想定する労働者の形態毎の配転の範囲と法的に認められ得る範囲が乖離しないよう、制度設計やその運用に留意する必要があります。

また、2024年4月1日施行の改正労働基準法施行規則により、雇用契約の締結に際しての労働条件明示事項として、「就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲」が追加されましたので(労働基準法施行規則5条1項1号の3括弧書)、その明示内容次第では、明示又は黙示の職種限定合意・勤務地限定合意が認められ得る事情の1つになる可能性があります。そのため、今後は、労働条件の明示をする際は、職種限定合意・勤務地限定合意が認定されにくくしたいのであれば、例えば「就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲」の明示として「当社事業場その他当社の指定する場所」や「当社が指示する業務全般」のように、無限定と評価できる明示内容にするなど、その明示内容に留意が必要です。

なお、明示的に職種限定合意・勤務地限定合意がある場合(又は黙示的に職種限定合意・勤務地限定合意があると評価される可能性がある場合)、配転の有効性が否定されないよう、あらかじめ配転について労働者本人の同意を取得しておくことが考えられますが、その同意取得時にも留意すべき点があります。労働条件の不利益変更の同意の有効性に関する判例ではありますが、山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日民集70巻2号123頁)において「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解する」とされています。そのため、本判例を参考にすれば、配転についての同意についても、形式的に同意を取得したとしても、例えば配転により労働者に生じる不利益が大きかったり、配転に関する労働者への説明が不十分であったりすると、「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」とはいえず、同意の有効性が否定される可能性があることには留意が必要です。

この記事を書いた人

益原 大亮・齊藤 駿介
TMI総合法律事務所 弁護士

益原 大亮

TMI総合法律事務所 弁護士・社会保険労務士

2017年12月東京弁護士会登録、2018年1月TMI総合法律事務所入所。2019年10月~2021年9月厚生労働省大臣官房総務課法務室に法務指導官として出向(厚生労働省における法務・訟務全般に対応)。2021年10月~2023年9月厚生労働省労働基準局労働条件政策課に課長補佐・労働関係法専門官として出向(裁量労働制の制度改正、医師の働き方改革、新しい時代の働き方に関する研究会、労働基準法の企画立案・解釈等を担当)。2023年2月東京都社会保険労務士会登録。2023年10月より厚生労働省医政局参与(医師の働き方改革)に就任。人事労務分野におけるリーガルサービス(就業規則や雇用契約等の整備・改定、M&Aにおける労務デュー・ディリジェンス、労働審判や労働関係訴訟、人事労務に関する社内調査、労働基準監督署や労働局への対応、職業紹介事業・労働者派遣事業、フリーランス関係等)を幅広く提供するほか、行政実務に精通する者として、業種に関係なく行政分野におけるリーガルサービスを提供している。編著として『医師の働き方改革 完全解説』(日経BP)、共著として『労働時間の法律相談』(青林書院)があるほか、雑誌記事多数。

齊藤 駿介

TMI総合法律事務所 弁護士

2022年4月第一東京弁護士会登録、同月TMI総合法律事務所入所。2023年7月~2024年3月文部科学省高等教育局私学部参事官付に法務専門官として駐在(学校法人の管理運営面・経営面での指導、私立学校法の改正対応等を担当)。人事労務分野におけるリーガルサービス(就業規則や雇用契約等の整備・改定、M&Aにおける労務デュー・ディリジェンス、労働審判や労働関係訴訟、人事労務に関する社内調査、労働基準監督署や労働局への対応、職業紹介事業・労働者派遣事業、フリーランス関係等)を幅広く提供するほか、数多くの訴訟案件に関与し裁判実務に精通するとともに、学校・教育関連全般のリーガルサービスを提供している。